結婚する相手の青年

やはり平均三人くらいの子供というのが理想なのではないだろうか。まず相手がいないと、何もできないので、ここ→で相手を探してください。ぼくがなぜこんな話をここでするかというと、最近、戦後の産児制限の風潮の下に生まれた子供たちがようやくおとなになり、結婚適齢期を迎えるにあたって、ある大きな問題が起こってきたからだ。それは、子供の数が少ないことによって当然起こるべくして起こることなのだが、一人息子と一人娘の結婚、あるいは長男と長女の結婚というケースが非常に多くなり、結婚をする当人はもとより、その親にとってもかなり深刻な問題となってきている。ついこのあいだも、ぼくの友人のお嬢さんが恋愛をして結婚することになった。ところが、友人のところは一人娘だったので、ゆくゆくは養子を迎え、庭に別棟を建てて若い夫婦と同居して暮らすという生活設計をたてていたのに、結婚する相手の青年は、どうしても養子はいやだという。同居はともかくとして姓を変えるのだけは困るというのだ。娘さんには泣かれるし、かといって、友人としても長いあいだ温めてきた夢だけにそう簡単にあきらめる気にもならず、ほとほと困りはてていた。友人のいうには、「おれたち夫婦の老後については、まあなんとか我慢できるさ。娘がいなくなったらいずれこの家を売り払って、有料の老人ホームにでも移ればいいんだからな。ただ、おれがどうしても我慢できないのは、娘が嫁にいってしまったら、いったい誰がこの家の先祖供養をしてくれるかつてことなんだょ。おれは長男だから、死んだおやじから先祖の墓や法事のことを全部託されてきているんだ。おれには大事な責任があるんだよ」とのことだった。

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結婚した夫婦

二次大戦中、「産めよ増やせよ」という標語で国家が多産を奨励したこともあり、たしか十人以上子供のある家は国策にそった家ということでりっぱな表彰状をもらったものだった。婦人雑誌の巻頭のグラビアなどに、よくそういった子だくさんの家庭の写真が飾られていたりした。夫婦間で問題が発生したら、このように解決までは精神的にも肉体的にも大変ですので、結婚相談所 選び方 で、相性ピッタリの結婚相手を見つけましょう。もちろん、これは人間の消耗の激しい戦争を遂行するため、多くの兵士、労働者を必要としたからだろうし、また、満州、南方に植民地を増やすためにも人的資源が一人でも多くほしかったからだろう。ところが、戦争が終わったとたん、今度は一転して国の方針が産児制限に変わってしまった。戦後の食糧危機がこうした考え方に一層拍車をかけたことは事実だが、わずか十年かそこらのあいだに、まったく逆の政策を押しつけられた国民のほうこそいい面の皮だった。しかし、あれからもう三十数年、少なく産んでりつばに育てるという考え方は、すっかり国民のあいだに浸透し定着してしまったようだ。今では一組の夫婦に子供が一人か二人の家庭が一番多い・ぼくの小学校時代、地理の先生がフランスのことを話されて、「この国は、日本などにくらべると出生率が非常に低く、そのかわり老人の数が多いのです。こういう国は、だんだん国民の数が減っていって、今に滅びてしまいます」といっていたのを、今でも思いだす。インドのような爆発的人口増加とそれにともなう貧困の悲惨さは、日本としてはどうしても避けなければならないが、だからといって、一組の夫婦に一人か二人の子供というのも、将来のことを考えるとちょっと不安な気がする。

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結婚する相手

私の王子様は、二日酔いでいつもげんなりした様子をしていました。一番最初にデートに誘ってくれたのが、かび臭いにおいのする神田の古本屋街で、それも別に話をするでもなく、無数に立ち並ぶ古本屋をただ一軒一軒たんねんにのぞいて歩くだけなのです。半日がかりで足は棒のようになるし、コーヒー一杯ごちそうしてくれるわけではなし、本当にさんざんな目にあいました。夫婦間で問題が出たとき、複雑であればあるほど解決に時間が掛かります。そうならない為にも、ここで→出会い系 サクラいない 相性が合う素敵な結婚相手を見つけましょう。「今から五千年前の日本の人口を知っていますか」と聞かれたら、あなたはなんて答えるだろうか。当時、戸籍があったわけではないから正確な数字はわからないが、日本の人口はおそらく全国で二、三十万くらいしかなかったろうといわれている。それが、今では一億人にふくれ上がったわけだから、ざっと五百倍というすさまじい繁殖ぶりだ。自然界には絶滅に瀕している生物たちがいくらでもいるわけだから、われわれ人間たちのたくましいバイタリティには思わず脱帽したくなる。ハワイはホノルルの動物園には、「世界中でもっとも恐ろしい動物」という看板の出ている濫があって、それをこわごわのぞくと、なんとそこには自分の姿が映っているのだそうだ。つまり世界で一番恐ろしい動物は人間だというわけなのだ。濫の中にはこちらへ向けて大きなカガミが置いてあるという仕掛けだ。たしかに、日本でも昔は一軒の家の子供の数が多かった。ぼくの父の兄弟は十人㈹母の兄弟は四人、五人、六人などというのはざらだった。

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結婚にいたるプロポーズ

これは非常に有名な歌ですが、やはりプロポーズの歌だといわれています。春らしい力にあふれた情感があり、『万葉集』の中では、私はまつ先にこの歌を暗謂しました。歌の意味は、籠を持ち、へらを持って、丘で春の菜を摘んでいる娘さん、あなたの家をお訪ねします、お名前を教えてください。この大和の国はすべて私が治めているのです。私は天皇なのです。さあ、私から名乗りました。家も名も。ですから、どうぞ、あなたのことを私に聞かせてください、です。出会いのチャンスはここにあります。→が、そこから先は自分で頑張らなきゃならない。ここを読んでいるあなたなら大丈夫。この当時は、自分の名を名乗り、それから相手の娘の家のこと名前を聞くことは、つまりプロポーズの意味だったのです。これにお答えすることが承諾の返事でした。うらうらとした春の日ざしの下で、一人の美しい娘が若菜を摘んでいます。そこへ白い馬にまたがってやってきた貴公子が、娘の健康そうな横顔に見とれ、ふと馬の手綱をひいて立ち止まりました。見れば見るほどういういしく可憐な娘です。今までのどんな娘にも感じたことのないはげしい胸のときめきをおぼえて、貴公子は思わずプロポーズの言葉を口にしたのでした。と、こんな情景を私は娘時代、一つの憧れとして胸に描いたものでした。『白雪姫』や「シンデレラ物語』の童話にもあるように、女性の夢はやはりどこからかすばらしい王子様が現われて、やさしく優雅な態度で求婚してくれることなのではないでしょうか。ところが、私の夢は、やはり単なる夢にすぎなかったのでした。

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結婚のあいさつ

それというのも、彼女の両親の方が用事が多くて立ったり坐ったり席をはずしたりしてなかなか落ち着かないせいもあった。まず相手がいないと、何もできないので、ここ→出会い で相手を探してください。彼女自身も奥へ引っ込んだきりちっとも出てこない。お茶を入れかえに出て来たところをつかまえて、「いったい、どうなってるんだい、これは」と聞いてみると、「伊東さんが何か大事な話があるから二人に会いたいそうよ、といっておいたんだけどでも、両親はうすうすは気がついているんじゃないのかなという説明を聞いて、さっきから落ち着かないのはやはりこっちと同じ理由だったのかと、ようやくぼくが無視されたのではないことがわかって安心した。「お嬢さんを嫁にいただきたいんですが…」ぼくはころあいを見はからって切り出した。この時も母親のほうは席を立っていて、結局、父親にぼくは申し込んだ。それから、また、すぐ、「そのかわり、名前は差し上げます」といい添えた。これは随分考えたあげくの台詞で、ぼくとしては精一杯の讓歩をしたつもりだったが、よく考えてみるとつじつまの合わない妙な台詞だ。「お嬢さんをお嫁にください」はいいとして、「ぼくの名前を差し上げます」というのがよくわからない。やっぱりその点について、遠慮勝ちではあったが説明を求められた。つまり、ぼくの気持としては、娘さんに嫁に来てもらうかわりに、ぼくの姓は変えてもいいということだった。そのかわり、「何度も申し上げるようですけど、娘さんはぼくのところに嫁に来てもらいます」嫁に来てもらうという所に、あらためて力を入れて念を押した。「よろしい、わかりました」相手が充分納得してうなずいてくれたとき、ぼくは正直なところ天にも昇る気持だった。彼女に対するプロポーズなどよりこっちのほうが、何十倍か骨も折れたし、終わったときはほっとした。

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結婚の約束

なにしろ結婚はどうしてもしなければならないし、かといって一生つき合わなければならない人たちだから、駆け落ちなどということになるのは避けたいし、彼女に対するプロポーズよりも、こっちの処理のほうがよっぽど大変だった。できれば彼女の口からそれとなく両親に、ぼくと結婚の約束をしたから、それを承認してほしいと伝えてもらいたかったのだが、これは彼女からあっさり断わられた。「やはりこういうことは、男の人がちゃんと筋を通して話しにこなければ……」というのだ。娘の口からそんなことをいわせるような男だったら、きっと両親も不安がって、まとまる話もまとまらないだろうと未来の嫁さんからおどかされた。獅結婚前の若い男にとって、愛する女の親、とくに男親ほどにが手なものはない。同性同士酷なだけに相手の気持もある程度読めるし、男女を陰と陽にたとえればお互いに陽極同士、反錘発しあうのが当然でまことにやりにくい。おまけに世代の差ということもある。これを読んでいれば、ここ→結婚相談所 比較 で、出会った人はあなたから離れられないかも。こっちは掌潭中の玉を奪うほうであり、むこうは奪われるほうなのだ。第それは、ある冬の寒い日の午後だった。ぼくはひどく緊張して、大正時代の建物だという”古風な八幡神社の社務所を訪れた。実は前にも何度か来たことはあるのだが、いつも軽々と開く格子戸がこの日ばかりは鉄の扉のように重かった。すぐ炬燵のある部屋へ通され、両親と向かい合ったが、なかなか台詞(せりふ) が出てこない。

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どう結婚に運ぶか

アルコールの力も手伝って、そのあと何かいろいろしゃべったような気がするが、今ではすっかり忘れてしまった。ぼくにとって、その夜の思い出はけっして悪くなかったのだが、しかし、実際には、それから後のほうが大変だった。どう大変だったかについては、いずれゆっくり触れる機会があると思うが、結婚などというものは、男が女にプロポーズして、それを女が受け入れて、それでなにもかもめでたしめでたしというわけにはいかない・これがお見合いだったら、「太郎や、このあいだの娘さんどうだい」「そうだね。まあまあじゃないの」「ということは、結婚してもいいということかい」「まあね、別に悪くないんじゃないのかな」などと、気のあるようなないような顔をして威張っていれば、双方の親が適当に相談し合って結婚式までことを運んでくれることが多いが、うっかり単独スチールのプロポーズなどしようものなら、あとの段取りはすべて自分たちの手でしなければならない。当然といえば当然だが、プロポーズするからにはそれだけの覚悟が必要だ。見合いにくらべると、いくらか面倒なことが多いかわりに、それだけ当人たちの自覚をうながし、結果からみればいいことになるのだろうが、なにせ気苦労なことが多い。その第一が両方の親の了解を得ることだ。新しい出会いがで、あったらここで紹介したことを気にしてみてください。ぼくのほうは父が亡くなり残っているのは母だけだったので、さほど面倒ではなかったが、女房のほうは両親とも健在で、しかも家が神社(代々木八幡)で、彼女は一人娘ときているから、いったいどうやって話をもって行こうかと随分苦労した。

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結婚の申し込み

そのバーの一番奥の円型のカウンターの止まり木に腰かけて、ぼくはハイボール、彼女はアプリコット・ブランデーのオンザロックでほどよくアルコールが血管の中をめぐりだしたところで、ぼくはプロポーズの言葉をロにしたのだ。もちろん、ぼくも彼女もそれほど酔ってはいなかった。ほんのりと頬が温かくなっている程度だった。彼女の背後には道に面して窓があって、そこから外の建物のブルーのネオンの色が差し込んでいた。店の中の明かりは暗くて、彼女の表情はあまりはっきりとはとらえられなかった。ということは、こっちの顔もあまりよく見えないということだ。ぼくのょうに気の弱い者にとっては、こういう道具だてはまさにピッタリだった。どこからか哀愁をおびたシャンソンの一節が流れてくる。出会いのチャンスはここにあります。→が、そこから先は自分で頑張らなきゃならない。ここを読んでいるあなたなら大丈夫。いや、アメリカの映画音楽だったかもしれない・正直なところ、ぼくはここでどうしてもプロポーズしなければならないというような、それほど切羽詰まった気持ではなかったような気がする。この夜のムードに誘われたとでもいうのだろうか、なんだか自分がフランスの映画の主人公にでもなったような気持になったらしく、案外、スムーズにプロポーズの言葉が口をついて出た。「ぼくと一緒にならないか」そう、忘れもしないその一言である。それに対する彼女の返事は、「いいわ……」だった男なんておかしなもので、それまでは劣等感の塊みたいになっているくせに、自分の良さが認められ、受け入れられたと知ったとたん、すごく気分がよくなる。

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プロポーズの言葉

しかし、いざ自分でやるとなると、なかなかこんなうまい具合にはいかないものだ。現実には照れくさいのと恐ろしいのとで、プロポーズの言葉なんてそう簡単に出てくるものではなかった。なにしろ相手の気持がまるでつかめていないから、「ぼくのお嫁さんになってください」と汗びっしょりになっていったあとで、こちらが二枚目になるものやら三枚目になるものやらかいもく見当がつかないからだ。それでもなんでもぶつかって行くほどの図太い神経はあいにく持ち合わせていない。「気でも狂ったんじゃないの」とか、「私、やっぱりこのままお友だちでいたいのよ、許して:…・」などといわれようものなら、その精神的ショックに到底耐えられるものではない。それが怖いものだから、つい第二の断わられてもなんとか恰好がつく和戦両様型をとらざるをえないのだ・・プロポーズの言葉なんていうものは、たいがいぎごちないものだから、成功したらなるべく早く忘れてしまったほうがいい。自分を作り過ぎずにで、素敵なパートナーを見つけよう。不成功だったら、もちろん一刻も早く忘れなければいけない。だから、ぼくもあまり確かな記憶はないのだが、かすれた記憶をよびさまし、どうにかこうにかつなぎ合わせたところによると、あれは多分、新宿の中央ロから明治通りへ抜ける道の、駅のほうから歩いてきて左側の地下のバーか何かだったような気がする。喫茶店風月堂の筋向かいのあたりだ。バーの名前は忘れてしまった。

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結婚に大きな違いはない

うちの亭主のように、ろくに英語もフランス語も話せない男が、金髪の美人をお嫁さんにできるわけがないし、もし万一できたとしたって、一か月もてばいいほうで、長続きするわけがありません。そのへんの現実把握さえきっちりできていれば、見合いだろうと恋愛だろうと、それほど大きな違いはないのではないでしょうか。今だったらプロポーズの言葉なんてなんでもないと思うのだけれど、まだ二十代だったころのぼくは、初といおうか純情といおうか、結婚したいというその言葉がなかなか出てこなかった。結婚前にで、相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。夜、床についてから、まるで下手な役者が芝居の稽古をしているかのように、その場面を頭に描きながら何度もリハーサルをしたものだった。およそプロポーズには、二つの形があると思う。一つは当たって砕ける式の玉砕型ないしは涙伏(ねじふせ) 型で、もう一つは断わられた場面を予想した和戦両様型だ。前者の場合はまことに勇ましく、たとえ火の中水の中、あなたとならばどこまでも……、相手がそれでどう思おうと、ただがむしゃらに突っ込んで行くやり方だ。この形はまことに男らしい。アメリカ映画の西部劇なんかで、胸毛がいっぱい生えた二枚目の主役が、これも絶世の美女であるヒロインをたくましい胸の中にしっかりと抱きしめて、プロポーズの台詞(せりふ) をはくと、観客たちは思わずため息をつく仕組みになっている。ぼくもこういう場面で何度うっとりと夢見心地にさせられたことか。

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