プロポーズの言葉

しかし、いざ自分でやるとなると、なかなかこんなうまい具合にはいかないものだ。現実には照れくさいのと恐ろしいのとで、プロポーズの言葉なんてそう簡単に出てくるものではなかった。なにしろ相手の気持がまるでつかめていないから、「ぼくのお嫁さんになってください」と汗びっしょりになっていったあとで、こちらが二枚目になるものやら三枚目になるものやらかいもく見当がつかないからだ。それでもなんでもぶつかって行くほどの図太い神経はあいにく持ち合わせていない。「気でも狂ったんじゃないの」とか、「私、やっぱりこのままお友だちでいたいのよ、許して:…・」などといわれようものなら、その精神的ショックに到底耐えられるものではない。それが怖いものだから、つい第二の断わられてもなんとか恰好がつく和戦両様型をとらざるをえないのだ・・プロポーズの言葉なんていうものは、たいがいぎごちないものだから、成功したらなるべく早く忘れてしまったほうがいい。自分を作り過ぎずにで、素敵なパートナーを見つけよう。不成功だったら、もちろん一刻も早く忘れなければいけない。だから、ぼくもあまり確かな記憶はないのだが、かすれた記憶をよびさまし、どうにかこうにかつなぎ合わせたところによると、あれは多分、新宿の中央ロから明治通りへ抜ける道の、駅のほうから歩いてきて左側の地下のバーか何かだったような気がする。喫茶店風月堂の筋向かいのあたりだ。バーの名前は忘れてしまった。

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