結婚の申し込み

そのバーの一番奥の円型のカウンターの止まり木に腰かけて、ぼくはハイボール、彼女はアプリコット・ブランデーのオンザロックでほどよくアルコールが血管の中をめぐりだしたところで、ぼくはプロポーズの言葉をロにしたのだ。もちろん、ぼくも彼女もそれほど酔ってはいなかった。ほんのりと頬が温かくなっている程度だった。彼女の背後には道に面して窓があって、そこから外の建物のブルーのネオンの色が差し込んでいた。店の中の明かりは暗くて、彼女の表情はあまりはっきりとはとらえられなかった。ということは、こっちの顔もあまりよく見えないということだ。ぼくのょうに気の弱い者にとっては、こういう道具だてはまさにピッタリだった。どこからか哀愁をおびたシャンソンの一節が流れてくる。出会いのチャンスはここにあります。→が、そこから先は自分で頑張らなきゃならない。ここを読んでいるあなたなら大丈夫。いや、アメリカの映画音楽だったかもしれない・正直なところ、ぼくはここでどうしてもプロポーズしなければならないというような、それほど切羽詰まった気持ではなかったような気がする。この夜のムードに誘われたとでもいうのだろうか、なんだか自分がフランスの映画の主人公にでもなったような気持になったらしく、案外、スムーズにプロポーズの言葉が口をついて出た。「ぼくと一緒にならないか」そう、忘れもしないその一言である。それに対する彼女の返事は、「いいわ……」だった男なんておかしなもので、それまでは劣等感の塊みたいになっているくせに、自分の良さが認められ、受け入れられたと知ったとたん、すごく気分がよくなる。

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